東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3153号 判決 1960年5月06日
原告 並木喜三郎
右訴訟代理人弁護士 大里一郎
被告 丸山米子
同 鄭小徳
右被告等訴訟代理人弁護士 丸尾美義
主文
被告丸山米子は原告に対し末尾目録(図面表示)記載建物を収去し同記載の敷地を明渡せ。
被告鄭小徳は原告に対し右建物より退去して右敷地を明渡せ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
本件明渡を求める土地(本件土地と略称す)を含む原告主張の土地がもと訴外杉本忠之助の所有に属したこと、被告丸山米子の父丸山金次郎が訴外杉本より本件土地を賃借し同地上に原告主張の建物を所有し右敷地を占有していたこと亡金次郎は右借地権についての登記手続もまた右建物についての所有権取得登記手続も経由していなかつたこと、原告が昭和一七年八月一四日訴外杉本より本件土地を含む土地所有権を買受けその旨の登記手続を了したこと、右金次郎は昭和三三年一月一日死亡しその娘である被告米子が金次郎の遺産の相続をなし従つて右建物所有権を承継取得し、また被告鄭は同年三月より右米子の内縁の夫として右建物に同居し、相共に本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。してみると本件土地の賃借人は自己の賃借権について対抗方法を講じていないために本件土地所有権を取得した新地主に対し賃借権を対抗することはできないことは明らかであり、原告が本件賃借権あることを了知して本件土地を買受けたとしてもかような悪意によつて対抗力の点を左右せしめることは現行法の解釈としては困難である。もつとも被告等は原告の土地明渡請求権は権利の濫用である旨事実摘示のように抗争するが仮に原告が資産者であり被告等が無産者であり本件土地明渡により被告等が非常に大なる苦痛を感じることがあるとしてもまた原告が本件賃借権が、原告に対抗することができないことに乗じて該上地を買受け一儲けしようとしたとしても、これだけの理由で右明渡請求権の行使は権利の濫用であるとすることは現在の経済取引の機構上たやすく首肯することはできないし、被告等提出援用に係る全証拠によるも権利の濫用と認定するに足る資料を求めることは困難である。
さらに被告等は取得時効の利益を援用し原告が本件土地の所有権を取得してから、前記金次郎並被告末子は相通算して十数年間使用権取得の意思を以て平穏公然善意無過失にてこれが使用を継続していたから地上権乃至賃借権を取得した旨抗争する。しかしながら前記金次郎もまた被告米子も原告に対し積極的に賃料の領収方を要求したことのないことは原告本人尋問の結果(一回)に徴し認められる。また被告米子が昭和三三年三月二〇日適当と認めた賃料の供託をなすまでは、受領拒絶を理由とする地代の供託などをしたことのないことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるので、右金次郎も被告米子も果して賃借権乃至地上権を取得する意思ありや否や甚だ疑問といわざるを得ない。よつて取得時効の抗弁も採用の限りではない。被告等の抗弁はすべて理由がない。よつて原告の本訴請求は理由があるので認容し民事訴訟法第八九条第九三条を適用し主文のように判決する。
但し仮執行は本件では適当でないのでこれが宣言をしない。
(裁判官 柳川真佐夫)